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1945年昭和20年8月週刊毎日 戦後最新号

1945年昭和20年8月週刊毎日(サンデー毎日)

1945年8月19日28日合併号なのですが、記事の内容は、28日の出来事や9月2日のミゾリー号(当時の呼び方)のポツダム宣言受諾の調印式の様子を書いたものがあるので、おそらく9月中旬に販売されたものだと思われます。

戦時中の雑誌の表紙は、攻撃的なものや我慢を求めるものが多いいのですが、今回は一転して少女が薪を背負っている復興に向けての画になっております。

そして、見開き1ページ目のタイトルが

「インフレはどうして防ぐか」

日本語の変化を少し感じますが、インフレをガチガチに説明しております。朝鮮、満州、台湾、支那、東南アジアなどの支配地域がなくなることで経済の基盤が小さくなり、復員兵なども戻って来ると圧倒的に物資がなくなります。

戦後インフレの解決法は、市場に世の中に溢れるお金をどう吸い上げるか。ということであるらしく、強制力のある税金(今で言う年金のようなもの)の制度作り「社会政策的保険・国民厚生保険 これから先の安心を得る。その次は貯蓄。」明るい、安心した未来を作るために強制的先行投資・貯蓄のようなものを作ることが必要というのであります。

ちなみに、数ヶ月後の年明け2月に「預金封鎖・新円切り替え」という強行的なインフレ対策が行われます。

戦後のハイパーインフレは、歴史的に見ても非常に大きな問題でした。

記事の最後の言葉 インフレは誰がおこすか。人間が超すんです

GHQの検閲が厳しさか、固く真面目な内容でありますが、しかし、出版の表現の自由は、厳しい検閲する相手が旧日本軍からGHQに変わっただけなのであります。なので、日本の戦争の話しは少なく、逆にドイツの戦中・戦後の様子が書かれているのであります。

ミゾリー号 ポツダム宣言調印式 カナダ代表の署名の箇所が間違っていたらしく、船上がちょっとざわついたようです。

そして、興味深い記事が一つ。

「米記者の日本印象記」

連合占領軍(進駐軍)の新聞・雑誌・放送局の従軍記者達からみた、終戦直後の日本を聞いたものであります。

NY・ヘラルド・トリビューン代表

A・T・スティール氏 支那事変から8年間の戦争で国民が疲れている、 敗戦国の卑屈感を一掃して新世界建設の重責を負担することが望ましい コロンビア放送局代表

ジョン・ストーン氏

日頃想像していた日本国民は、弱い他国民を犠牲において自国の伸張を計る侵略国民だということだったが、全国各地に進駐するにあたり残存日本兵と砲火を交えるかもしれなかったが予想に反して進駐は至極平穏便に進み、未だに何の事故も惹起していない

無表情各自の仕事を黙々とこなす、我々が思っていたほど一般の国民は好戦的ではない

記者たちは、日本に来るまでは、好戦的で侵略的な国民と思っていたようですが、出会ってみると、案外サバサバしていて何事もなかったような感じで、黙々と瓦礫の撤去などの作業をしている。というのであります。

今まで他国に負けたことのない日本が無条件降伏。どれだけ憂い嘆いているかと思ったけど普通。

ちょっと疲れてはいるけど。

戦後当時の国民は、目の前の現実を受け入れて今を生きる。もう戦争は終わったこと。

日本人のきもちの切り替えの早さ、変わり身の早さに驚いているようなのであります。

以前、戦争の番組のインタビューで、当時小5年生だった評論家の田原総一郎氏が「鬼畜米兵、聖戦、一億総突撃」などと言っていた大人たちが終戦、夏休み後、180度言うことが変わり、大人も国家も信用できない」などと言っておりましたが、終戦後の日本の変化は、子供も進駐軍も驚く、大きなものだったようであります。インフレ、物価の高騰、食糧難の問題はありますが、徐々に相撲や演劇などの娯楽の復活が始まり、一部盛況を博します。全国各地にヤミ市が出来て、「日米会話手帳」がミリオンセラーになります。

この戦後の数年が日本で一番英語を必要とし、話した時代だと思われます。この状況を紐解くことで現在の日本の英語教育にヒントが隠されているのかもしれません。

(次のコラムで分析してみます)

最後に。

米国との戦争開始当時は、「今は近代科学技術戦であり、竹やりなど持って戦う時代ではない。」中期、「出撃した隊員が帰ってこない作戦(玉砕)などは、作戦でもなんでもない。」など、まだ余裕があり冷静に見える部分がありますが

、しかし最終的には、竹やりを持ち、玉砕攻撃をはじめます。戦況の変化と共に3年と8ヶ月の間にこういった空気、流れが出来てしまっているのであります。

急にはなりません。徐々にです。

これは、現在にも当てはまります。

現在の当たり前は、10年20年後には、

空気を読む・空気を読みすぎる・同調する。 ゆえに何も言えない。そして流される。今も昔も、人間さほど変わらないようであります。

<時代考察参考雑誌>

1945年昭和20年8月週刊毎日

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